光のいろは

光を基礎から知るブログ

主観としての光、客観としての光

光は本来、主観的な範疇で扱われてきたと考えている。明るい、暗い、赤い、青いというような言い方をしてきた。

光を認識する手段はヒトの目に追うところが多かった。光の概念はヒトの目を中心にして構築され、太陽の下でヒトが見える光とその影が光の規範となった。

長さや重さの単位に比べ、光の量を決めるには随分と時間がかかった。映画やテレビ、写真などの映像媒体が盛んになってきても映像の質は人間の目による判断が多かった。

そうした映像媒体は人間の目が見たと同じような質を求められた。

そうした中で、光を記録する感光材料が発明されレンズが発達するようになると光の量が問われるようになった。

どれだけの光の量を与えれば記録に耐える写真が得られるかが問題になった。光を計る照度計、輝度計、色差計が必需となった。

こうして写真技術が発達し銀塩感光材料が発達した。19世紀になって電気が発見され、光に反応する金属(半導体)が発見されるようになり、光を電気に置き換えることができるようになった。

そこから光に反応して電気を蓄える光電面ができ、テレビ技術が発達し、ビデオ技術が進歩した。

映像が電子の世界と共同歩調をとるようになると、映像を形作る光の質を特定し量として捕らえる技術が発達した。

光の単位関係図

光の単位関係図

光の単位について

光を量として扱うのに一番馴染みやすい単位は、照度(ルクス=lx)であろう。

しかし世の中の多くの人達は光を量として言い表す必要がないため、いまだ光を
明るい、暗い、赤い、青いと言っていると思われる。

多くは光を量としてとらえるのに違和感がなく、多くの場合その量は「照度」という単位を使われているものと推察する。

現在の所、明るさを言い表す数値の単位にはふたつの系統がある。

ひとつは、自然の光を量として扱ってきた光度(カンデラ=cd)、照度(lx)、光束(ルーメン=lm)による単位系と、もうひとつは光をエネルギとして扱うエネルギ量の単位(ジュール=J、ワット=W)である。

エネルギ量の単位は、電気エネルギを光にかえる機器(白熱球、蛍光灯、ストロボ、レーザ)の普及に伴って、これらがワットで表わされていることでよく知られるようになった。

60Wの白熱電球、30Wの蛍光灯というような使い方をし、この呼び方でだいたいの明るさを経験的に身につけている。

ただし、ここで注意しなければならないのは、この値は電気入力の値であり光エネルギではないことである。

通常の白熱電球は、90%近くが熱になり残りの10%程度が光になる。

従って60Wの白熱電球の光エネルギは6W程度となる。レーザなどでは、使用する電気入力エネルギで表わさず出力エネルギで表わされる。

というのは、レーザ光のエネルギ変換効率はアルゴンレーザで0.02%程度であり、4Wのレーザ出力では20kWの電気エネルギが必要となってエネルギ値の意味合いが薄れるからである。