光のいろは

光を基礎から知るブログ

レーザーの種類から歴史、活用・応用まで

レーザーの発明は、20世紀の科学技術の発明の中でもっとも大きな功績があったもののひとつではなかろうか。

レーザーは、人類が作り出した人工光源である。

レーザーと同じ性質をもつ光は自然の中には存在しない。

そのユニークな属性を利用して多くの分野で使われ活躍している。

通信分野はもとより、計測分野、加工装置、印刷、音響、記録・再生装置、視覚装置など光の分野のみならず電子、音響、計測にまでその活躍の場を拡げている。

そのレーザーと呼ばれるのはどのようなものなのか、どのような時代背景で登場してきたのか、レーザーと我々画像計測の世界の接点は何か、などを紹介していきたいと思う。

レーザーの光、自然の光

レーザーは、アインシュタインの予言した「光の誘導放出」理論(1916年ベルリン大学在職時代)を基本原理として、人類があみ出した新しい光である。

誘導放出という言葉は一般に馴染みのないものであるが、この言葉をかみ砕いてみたい。

レーザーは、1950年代から急速の進歩を遂げた。

1960年に最初の光がこの世に現れ、70年代、80年代、90年代と次々に新しいレーザーが開発されて行った。

レーザーというものは一体どのようなものだろうか?

レーザー光は、端的に述べると、光の共振と増幅による発振原理を利用した指向性の強いコヒーレントな光である。

馴染みの薄い言葉が続くが、光の共振、増幅、コヒーレントというキーワードを取り上げてみたい。

まず始めに、レーザーの応用から話を進める。

レーザーの恩恵

われわれの身の回りには、レーザーを用いた生活用品や科学機器がたくさんある。

この人工の光がわれわれに果たしている役割は大変大きなもので、普段の生活になくてはならないものになっている。

レーザーを使った装置は例を挙げればきりがないが、代表的なものをいくつか挙げて見る。

(1)CD/DVD

音楽や映画用ソフトのCDやDVD装置には、ディスクを読み書きする素子に半導体レーザーが使われている。

12cmほどの円形ディスクには信じられないほどの多くの情報が詰め込まれてる。

この情報は、ディスク円盤に1.6μmの間隔で0.5×0.9μm、深さ0.11μmのピット(穴)が空けられていて、この穴のあるなしでデジタルデータとしている。

ディスクにはこの穴が190億個も空けられている。

この微小なピットを半導体レーザーで読み取り情報として取り出す。

ピットの穴加工もレーザーで行っている。

微小な穴をあけ、それを読みとることのできる光はレーザーでなければ不可能であっただろう。

光ディスクでは、レーザーの単色性、集光性、光密度、干渉性を積極的に利用している。

(2)バーコードリーダ

スーパーマーケットなどで買い物をするとき、レジでは商品をスキャナと呼ばれる線状の赤い光で読み取っている。

この赤い光にレーザーが使われている。

バーコードは縦縞のストライブ状の形状をしたラベルで、縦縞の太さの違いと数によってデータを読み取っている。

レーザー光は多面体ミラーの回転によってラベル上にラインとして照射され、ラベルに当たって反射された光をライン状の受光部で受ける。

受光部では、ラベルから反射された光の強弱を読みとって製品を識別する。

この装置によって、お店のレジでは店員が商品をいちいちテンキーで打ち込むことをせずにレーザー光にかざすだけで自動的に商品を識別し料金をはじき出してくれる。

この装置に使われるレーザー光は、直線性、細いビーム、単色性の特徴が活かされている。

バーコードを読み取る装置にはLED(発光ダイオード)式のものもあるが、LEDでは光が遠くまで飛ばないのでバーコードに接触させて読み込ませなければならない。

半導体レーザーを使ったものは光の直線性が良いので非接触の読み取りができる。

(3)光ファイバ通信

光通信が叫ばれて久しい。

通信は、銅線を介した有線の電気通信と無線を使った電波通信があり、光通信は銅線を光ファイバケーブルに置き換えたものである。

光ファイバ通信が確立していなかった時代の光通信は(のろしの時代までさかのぼらない)、無線通信のカテゴリに入り、サーチライトの点滅、レーザーのパルス発振などで通信を行っていた。

しかしこの方法は、通信に時間がかかったり天候に大きく左右され安定性にかけていた。

光通信を光ファイバに入れて送る発想はあったものの、レーザーが開発された当時の光ファイバの伝送減衰は1km当たりマイナス数十dB(約1/10)と性能が悪く、数kmごとに光を強める増幅器を入れねばならず実用化にはほど遠い状況であった。

光減衰の少ない光ファイバが開発されるようになって伝送効率が極端に向上し、光(レーザー)で情報を送る方法の利点が増えてきた。

光による信号伝送の利点は、光速で送れること、毎秒10Gbit以上の送信が可能であること、配線がファイバであるため軽くて敷設が楽であること、などが挙げられる。

光伝送には半導体レーザーの小型化と高性能化が不可欠であった。

(4)レーザープリンタ

プリンタにもレーザーが使われている。

感光ドラムにレーザービームを走査すると光が当たった所にだけトナーが付着する。

従来は静電気を利用した方式だったのが光に変わったのである。

レーザー光のもつ高エネルギ、細いビームライン、単色光で光学設計がしやすい特質を活かし、半導体レーザーの出現によって高性能のプリンタが安価に出回るようになった。

(5)レーザー治療器

レーザーの細いビームラインと高密度エネルギを利用して、切開メス、皮膚治療、目の治療などにレーザーが使われている。

レーザーが開発された当初は殺人光線と呼ばれていたものが、命を守る道具になった。

(6)レーザー加工機

レーザーの持つ高密度エネルギ特性が活かされた装置である。

これらの加工機には、エネルギの高いYAGレーザーや炭酸ガスレーザーが使われている。

ガスレーザーの一種であるエキシマレーザーは、発振波長が100~300nmの紫外光であり熱を伴わないためプラスチックの切断、微細加工に威力を発揮している。

レーザーは材料の切断や接着のみならず、焼きなましや焼き入れ処理をする熱源としても使われている。

(7)レーザー測定器

レーザーのもつ直線性を利用してレベル出し(水平面)の道具として利用されている。

レーザーを用いた測量器は手軽さと精度の高さで従来のものを圧倒してしまった。

高層ビル建設、大型造船建造、高速道路建設、新幹線のレール敷設、トンネル工事など、位置出し、レベル出しにレーザー測量器が用いられる。

パルスレーザーの開発により遠く離れた物体の距離を正確に計れるようにもなった。

1969年(レーザーが初めて発振された1960年から9年後)、米国NASAのアポロ計画で、アポロ11号が人類の足で月に降り立った。

そのときに持っていった道具のひとつにレーザー反射鏡があった。

オルドリン飛行士はこの反射鏡を地球に向けて月面の「静かの海」に置いてきた。

地球の天文台からこの反射鏡に向けてレーザーを送り、反射して返ってくるレーザー光の時間を正確に計って1m以下の精度で月までの距離が計測できるようになった。

レーザー光を用いると、地球から38万km離れた距離を1mの誤差で求めることができるのである。

もしこれがレーザーでなくて強力なサーチライトであったとしたら、月までの38万kmの距離では光が散乱してしまい、それに精度良くパルス発光もできないため実用的な計測装置は組上がらないだろう。

レーザー光を使った長さの測定は、基本的にレーザー発光波長の干渉を使った短距離用の測定と、レーザー光の光強度を変化(変調)させその位相差で距離を読みとる中距離用の測定と、レーザーのQスイッチというパルス光を利用して光が反射して戻ってくるまでの時間で距離を求める長距離用の3タイプがある。

レーザー波長の干渉を用いるものは発光波長の1/4波長までの分解能を持つため、λ=632.8nmのヘリウム・ネオンレーザーを使った測定器では0.15μm程度まで測定が可能である。

レーザー変調方式では、光そのものを別の方法で変調するので発光波長の品質はあまり問題とならなない。

したがって光の波長レベルの精度による測定は不可能であるが、測定する目的に応じた変調方法が取られている。

光変調方式では測定分解が波長に依存しないため、発光波長を厳密にコントロールする必要がなく、安価な発光ダイオードや半導体レーザーを使うことができ、数kmの距離を1cm程度の誤差で測ることができる。

Qスイッチによるパルス発光レーザーによる長距離測定は、先に紹介したアポロ計画での月面までの距離計測でその精度を知ることができる。

誘導放出光とは?

レーザー発光の重要な基本原理のひとつが、「誘導放出」と呼ばれる光の発光である。

英語ではStimulated Emissionと呼び、LASERという名の由来の一字をなしている。

誘導放出というのは、ある種火(それも特定の波長をもつもの)がある媒質に入ると、その種火に反応して同じタイミングで同じ波長の光が出る、というものである(下図参照)。

誘導放出の原理

誘導放出の原理

誘導放出をさせる場合、媒質(キャビティ)の選択が非常に難しいのであるが、その特定の媒質に、ある定められた波長の光が入ると同じタイミングで同じ波長の光が出るので、波長と位相の揃った光が放出される。

この性質を持つ光をコヒーレント(coherent)な光という。

種火が媒質に入ったとき、それがどんどん増長して大きなエネルギの塊にならないと光として外には出ることができない。

種火がその媒質に入ると、放射も起きるが同時に種火の吸収も起きる。

その吸収は媒質のなかで電子の準位を高めるのに使われる。

吸収された光は、同時に準位の高いエネルギからの光の放出もうながす。

このとき、放出される光が入射した光よりも上回るとき、光の増幅条件が整うことになる。

放出される光が多くなるには媒質の中に放出するに足るだけのエネルギが貯まっていなくてはならない。

言葉を変えて言えば、種火が入る前に媒質にはエネルギ準位の高い状態を作っておいてやらねばならない。

エネルギ準位が高められた状態をエネルギの反転分布という。

この状態を外部のエネルギから作ることを井戸水の水を汲み上げるのに見立ててポンピング(pumping)と呼んでいる。

ポンピングは、外部から励起光を入れて行う光ポンピング法と、放電によって電子エネルギが媒質中のガス原子の励起をうながす放電ポンピング法、半導体内部の電子の流れによって半導体の「価電子体」に電子を送り込む電子ポンピング法、さらには化学反応を利用する化学ポンピング法がある。

下の図は、炭酸ガスレーザーのポンピングと発振発光の原理を示したものである。

炭酸ガスの発振原理

炭酸ガスの発振原理

炭酸ガスレーザーは10.6μmという赤外レーザー光でありエネルギ効率がよく大出力が可能なため溶接などの高温加工に使われている。

このレーザーでは、二酸化炭素分子の放出光である10.6μmをメイン光としているが、この他に9.6μmの光も放出されていることがわかる。

炭酸ガス分子のエネルギ準位を上げるために窒素分子の助けを借りて炭酸ガスのエネルギ準位を上げている(ポンピングし反転分布を作っている)。

増幅およびゲイン

入射した種火と放出される光の比で増幅(ゲインとも呼ばれている)が求められる。

ゲインの大きい媒質ほど入ってくる種火によってたくさんの同期した光(コヒーレント光)が出るので発振を行いやすい。

その光を再び種火として倍々ゲーム(ネズミ算)で同じ光を作っていく。

誘導放出によってできた光を再び種火として媒質に入射させコヒーレント光をどんどん増幅させるため、レーザーには光学的な発振構造が設けられている。

多くの場合、媒質の両端部に精度の良い鏡面を配置させている。

この鏡によって放出された光が再び媒質の中に入り、さらなる光を呼び出すわけである。

このようにして放出される誘導放出光は、波長と位相が揃っているため単色光でなおかつ干渉性が強い光になる。

レーザーは、何度も述べるが媒質中の分子が外部からエネルギをもらって電子が励起し、それが種火によって元の状態に戻るときにエネルギを放出し、さらにそれが波長の揃ったエネルギとなって放出されるため、レーザーが発振する媒質はこの条件を満足していなくてはならない。

レーザー発振の試みは、外部からエネルギを受けて特定の波長だけを放出する元素や分子、はたまたそうした材料(媒質)を探すことから始められた。

レーザーは、媒質の材質によっておおよそのクラス分けがなされている。

固体レーザーと呼ばれるものには、媒質にルビー、YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)、ガラスなどが用いられている。

ガスレーザーは、アルゴンやヘリウム、炭酸ガス、ハロゲンガスなどを用い、金属レーザーは、カドミウム、銅、金などを用いている。

半導体技術の発達により、ガリウムヒ素をドーピングした半導体を使ってレーザー発振できる半導体レーザーが開発されている。

その半導体による光を誘導放出させて、さらに発振構造を持たせてレーザー発振をうながしたものが半導体レーザーなのである。

共振器

誘導放出された光は、さらに光を強めねばならない。

レーザーのキャビティはすべて両端に精度の良い反射鏡を配置して誘導による放出光を再び媒質の中に戻す構造となっている。

自らの光で再び同類の光を呼び出し増幅を重ねるという手法をとっているのである。

反射鏡は、われわれが一般に使っているような鏡ではとても役にたたず、この品質ではレーザー発振は行えない。

鏡面での損失が大きいからである。

キャビティを構成する反射鏡は、反射率を理想的な値にまで上げ、光を往復させても拡がらずに両端の鏡で光を閉じこめる条件を整えることが必要である。

高度に研磨した光学ガラス上に酸化セシウムなどの誘電体をレーザー波長の1/4の厚さに交互に蒸着し多層膜として用いている(レーザー光学部品は1/4波長という値をよく用いる。理由は希望する波長を取り出すためにその部品面での損失を極力抑える必要上、光の干渉を利用した手法で損失を抑えている。1/4波長の厚さは、入射と反射で1/2波長分になり位相が反転して弱められる。メガネレンズのコーティングにもこの技術が使われている)。

反射鏡の形状は、平面鏡や凹型球面鏡などがあり光を理想の形で封じ込める設計がなされている。

このようにしてキャビティ内部で光増幅させた光も、外に取り出さなくてはなんの意味もないので、この鏡に工夫が施される。

つまり一方の鏡は100%反射の鏡を使い、反対の鏡はほんの少しだけ光を透過する鏡を使用する。

その透過率をαとすると、その鏡の反射率は、1-αとなる。

αをたとえば0.01(1%)とすると99%反射の鏡となる。

レーザー光を取り出す側の鏡は1%だけ光が外に出るようになる。

光発振器の概念

光発振器の概念

ただ、すべてのレーザーの反射鏡が1%の透過率を持たせているかというとそうではなく、レーザーの発振する媒質のゲイン(増幅しやすい度合い)によって変わる。

レーザーの発振には、

 

(鏡の反射率R)×(レーザー媒質のゲインG)>>1 

 

という条件がなくてはレーザーは発振しない。

鏡の反射率R( = 1-α、α:透過率)は、鏡自体の反射率の他に鏡の損失も考慮しなければならない。

ヘリウムネオンレーザーのように光の増幅が小さいものに対しては透過率αを小さくして内部での反射を大きくしなければならない。

炭酸ガスレーザーや銅蒸気レーザーのように光の増幅度が大きい媒質ではαを大きくしてたくさんのレーザー光を取り出すようにしている。

こうして多くの光がキャビティ内部でミラーにより反射を繰り返し、そのうちの透過率α分の光だけが外部に放射されるようになる。

レーザー光は、キャビティ(共振器)で作られる光のほんの一部だけしか取り出せないのである。

レーザーの着想

レーザー発明に至る過程では、着想当時、光による発振装置を一気に開発することが困難であったため、光よりももう少し波長の長いマイクロ波によって発振の可能性が示唆された。

マイクロ波の誘導放出理論(メーザー:MASER)からスタートし、光でも誘導放出による発振が得られるとして光の発振(レーザー)が考え出された。

ニューヨークコロンビア大学で教鞭をとっていたタウンズ(Charles H. Townes:1915年7月28日~)が光メーザーの着想をした。1951年のことである。

タウンズは、アインシュタインが1916年に仮説を立て、その後50年も眠っていた「光の誘導放出」理論を呼び覚まし、マイクロ波による誘導放出理論(MASER =Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation)を着想し研究を始めた。

彼は大学卒業後、ベル電話研究所に入り、そこで10年ほどレーダの研究(レーダ誘導ミサイルの研究)に従事した。

この研究がきっかけでマイクロ波分光の研究に携わり、この分野での地位を確立した。

彼は、マイクロ波を研究する中でアインシュタインが唱えた誘導放出に興味を持ち始めていった。

1951年春、旅行先の朝、ワシントンのフランクリン公園で散歩していた彼はある着想を思いつく。

「熱平衡を越えて物質に反転分布を作る条件を整えてやれば、誘導放出が実現できマイクロ波空洞共振器内(キャビティ)で自励発振が起きるのではないか!」と。

彼はその着想を手に持っていた封筒に書き留め簡単な計算を行い発振条件を求めた。

こうしてMASERが着想され、彼によってさらなる研究がはじめられた。

この研究は1954年に学会で発表された。

おもしろいことに、同じ時期に同じ研究を始めた学者が他にもいた。

同年、1954年にソビエト連邦のレベデフ物理研究所のニコライ・G・バソフと、一般物理研究所のアレクサンドル・M・プロコロフも誘導放出の増幅に関する研究を発表したのである。

バソフは、1970年代にエキシマレーザーの開発にも着手した人である。

タウンズのメーザーの着想にはさらに面白いエピソードがあって、彼の波の誘導放出理論は、著名な科学有識者(ノーベル賞受賞者)でさえもにわかに信じがたい理論であった。

1944年にノーベル物理学賞を受賞したI.I. ラビ(Isidor Isaac Rabi)やクッシュ(Polykarp Kusch、1955年ノーベル物理学賞受賞)からは、「その実験はうまくいかないことは明白である。君の研究は研究費が無駄になるだけだから止めた方がよい」と言われたと伝えられている。

 

また、1922年に物理学賞を受賞したボーア(Niels Henrik David Bohr)は、「そんなことは不可能」とまで言い切ったという。

コンピュータの父、フォン・ノイマンも、「そんなはずはない」と言下に否定したといわれている。

もっとも彼はその後しばらくして考えを整理し、タウンズの着想が正しいことを認め、さらに「半導体メーザーはできないだろうか」と尋ねたといわれている。

新しい着想は、それが現実のものとならない限り最高レベルの学識経験者でも判断を誤る良い事例である。

メーザーからレーザーへ

タウンズと同じコロンビア大学で37才の学生だったゴードン・グールド(Gordon Gould:1920年7月17日~2005年9月16日)は、自分のノートに光誘導放出を作り出す装置を考案し、この光をLASER(Light Amplification by Stimulated Emmission of Radiation)と名づけた。

レーザーの名付け親は、大学生のグールドである。

しかしタウンズはこれを自分のものとして、娘婿のアーサー・ショーロウ(Arthur L. Schawlow)と連盟で1958年に特許出願しLASERを発表したため、1年後にグールドは「タウンズが自分の考えたLASERという名前を盗んだ」と訴訟を起こした。

この争いは20年間に渡って続いた。

グールドがLASERは自分のもの、と主張した根拠は彼が記帳したノートであった。

そのノートが何故か紛失してしまっていたのだが、1959年に見つかりそれをもとに訴訟を起こしたのである。

結局、グールドは、1977年に裁判に勝ち巨万の富とLASERの名付け親という名声を得た。

1977年といえば世にあまねくレーザーが使われ応用も数限りなく出はじめている時代である。

その時代にあって彼は1958年の特許を覆し勝訴したのである。

グールドはこの勝訴により、彼の管理会社Patlex社と共同名義で市場に出回っている80%以上のレーザーについての特許権を取得した。

彼は幼い頃より名誉欲が強く、エジソンを崇拝し大発明家になりたいという野望を持っていた。

彼は、1943年Yale大学大学院を23才で卒業し、第二次世界大戦の最中マンハッタン計画に加わり原子力研究に従事する。戦争終了後、再び大学に戻りコロンビア大学で物理学の研究を始め、タウンズのもとでマイクロウェーブの研究を行った。

LASERの発想は突然の閃きだったそうである。

1957年のある夜に着想し、それをノートに書き留め簡単な計算式と共に「LASER = Light
Amplification by Stimulated Emission Radiation」という言葉を書き残したのである。

裁判に負けたタウンズは、しかしながらレーザーの前身であるメーザーの研究によって1964年にノーベル賞を受賞した。

娘婿のアーサー・ショーロウも遅れて1981年にノーベル賞を受賞した。

レーザーの発振

実際にレーザーが発振されたのは、1960年5月16日のことである。

1950年始めに着想され、後半には原理的な裏付けがとれたにもかかわらず、1960年までなぜかレーザー光は現実のものとはならなかった。

タウンズ、ショーロウ、バソフ、プロコロフらの物理学者がレーザーを発振させる物質として気体を主に考え苦戦していたころ、固体物質によってレーザーを発振させようと熱心に研究を続けていた若き電気工学研究者がいた。

それが、米国西海岸カルフォルニア州カリブのヒューズエアクラフト社(Hughes Aircraft)軍用エレクトロニクス研究所のセオドア・H・メイマン(Theodore H. Maiman、1927~)である。

当時、タウンズの光共振発光理論に基づいてレーザーを発振させる試みは、今まで述べた学者の他にもいたる所ではじめられていた。

これは一種のレースのようなものであった。

その当時、同じ研究開発を行っていたグループには、Lincoln Labs、IBM、Westinghouse、Siemens、RCA Labs、GE、Bell Labs、TRGなどがあり、大企業をはじめ大学研究機関などたくさんの研究グループがレーザーの発振を試みていた。

タウンズと訴訟中のグールドもレーザーの開発に意欲的だった。

初めて発振に成功したルビーレーザー

初めて発振に成功したルビーレーザー

彼は大学院は卒業したものの博士号は取得せず、ニューヨークの小さいな会社、TRG社に彼のアイデアを持ち込みアメリカの国防省(ペンダコン)を抱き込んでレーザーの開発費100万ドルを獲得した。

こうした競争に勝ったのがヒューズエアクラフト社のメイマンだったのである。

メイマンは、軍用エレクトロニクス研究所でエネルギ準位が各種気体に比べ、より単純な(準位の数が3ないし4と少ない)固体を選んでレーザー現象を実現しようと挑戦していた。

酸化アルミニウムを基本組成とする宝石のルビーを対象にして、その結晶の中のクロムイオン(+3価)に励起用エネルギを与えるべき、螺旋状のフラッシュランプをジェネラルエレクトリック社より入手した。

人工ルビー結晶の両端を平滑に研磨し、銀メッキを施し(Fabry-Perot 共振条件を作って)、その出力側の面に透過用の小さい孔を設けて電気を流したところ、ピンク色のレーザーが発振した。世の中ではじめてのレーザー光であった。

彼の成功のカギは、彼の物理学の素養もさることながら、レーザー発振を可能にしたルビーロッドとキセノンフラッシュのおかげといえるかもしれない。

ルビーロッドはユニオン・カーバイト(Union Carbide)社へ特注し、ロッド(結晶棒)の両端を光学研磨してかつミラーコーティング処理を施した。

ルビーロッドを励起する光源は、通常のランプでは励起エネルギが小さすぎて使い物にならないことを知っていたメイマンは、あるとき写真撮影に使うエレクトリックキセノンフラッシュに注目する。

このランプは通常のランプと違って色温度が8,000~9,000Kと高く、このエネルギを計算尺(当時は電卓などなかった)を使って試算したところルビーを励起するに足る光源であると判断したのである。

歴史とは面白いもので、トランジスタの発明といいレーザーの発明といい、発表された当時、それが歴史的な発明にもかかわらずそれほどの扱いを受けなかった。

レーザー発振のニュースの掲載に際してヒューズエアクラフト社の広報担当者は、新聞に装置の写真を掲載するのを拒否したそうである。

理由は、装置がわずか数センチ四方と小さいため重厚長大の1960年代にあっては見てくれが悪い、というものであった。

また、米国物理学会誌「フィジカル・レビュー」は、この研究論文の掲載を却下し、英国の伝統ある物理学会誌「ネイチャー」においても300語たらずの紹介に終始したという。

メイマンが発明したルビーレーザーはパルス発光であったが、1962年、ネルソンとボイル(Nelson&Boyle)によって励起光源にキセノンアークランプを用いて連続発振に成功している。

各種レーザーとその特徴

各種レーザーとその特徴

メイマンがルビーレーザーを発明した同じ年の1960年には、米国ベル研究所のA.Javanがヘリウム・ネオンのガスでレーザー発振に成功している。

その翌年にはHellwarthらによってエネルギを十分に蓄えてから瞬間的に放出するQスイッチを使って、強力なパルス光が発生するジャイアントパルス光が開発された。

1962年には、米国GE社、IBM社などから半導体レーザーが開発された。

1964年にはヒューズ社の若いBridgesによってイオン・レーザーが開発された。

1960年から5年の間に考えられるレーザーの原型がほとんど出そろった。